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"Everything in Life is Only for Now." これはB'wayのヒット作“Avenue Q”の最後の台詞です。 人生いいときも悪いときも決していつまでも続くわけじゃないんだから、投げず、腐らずその時々をなんとかやっていこうや。 この作品の根底をなすこのメッセージ、このブログのタイトルにしました。 ![]() ![]() ![]() ありがとう、エキブロ新聞 ![]() ![]() ネームカード
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というわけで、いつものごとく、あけおめ記事です。 今年の年越しは、紅白結構まじで見ながら、こちらでお世話になってる方々とツイッターで、あれこれつぶやきながらすごしました。お目にかかった皆さん、どうもありがとうございます。で、感想。 1.椎名林檎は、実はすごいらしいことにようやく気付いた。アルバム聞いてみよう。 2.一番のハイライトはレディガガから小林幸子への一連の流れ。 3.飛ぶ鳥を落とす勢いのK-POP勢、意外と光ってなかった。これは、彼らが「あの紅白」に出られたというので、意識しすぎて実力がでなかったのか。それとも、K-POPって実は結構「底が浅い」(この意味については自分でもまだいい表現が見つからない)のかも。そんな疑念が湧いてきた。 4.NHKの演出、むらがありすぎ。すごくいい人選選曲のところもあったけど、終盤での盛り下がりはいただけない。特にオオトリのSMAPを、彼らの一番の弱点(歌唱力)がはっきりわかるように歌わせたのは、どうだかな~。 皆さん、こんなペースの更新ですみませんが、今年もよろしくお願いします。
今年も最後の日となりました。 ここ数年の習慣となっている紅白歌合戦プチ真剣に見るをやりながら、コンピュータに向かってます。 今年は日本はいろいろありましたが、自分的には良くも悪くも平穏でした。 みなさんはいかがでしたでしょうか。 来年もとりあえず、こういう「生存証明」記事ぐらいは上げ続けたいと思いますので、よろしくお願いします。 今年はお世話になりました。来年もよろしくお願いします。 それではいつもの通り、数時間後、あけおめ記事でお会いしましょう!
マクドナルドのキャンペーンで、今日からビッグマックが200円なんだそうだ。これは1971年の開業当時の価格らしい。 へぇ~、そうだったんだ。 ビッグマックは、俺が初めておいしいと思ったハンバーガーである。前にもこのブログでさらりと触れた覚えがあるが、「ハンバーガー」という食べ物には、俺は子供のころ妄想に近いような憧れを持っていた。原因はアニメーションの「ポパイ」である。あそこでウィンピーJr.が、ひたすら食べ続けるハンバーガーってどんな食べ物なのだろうと、ひたすら俺はあこがれ続けた。 で、それがかなったのは、近所の千里ニュータウンに新しく出来た、ショッピングモールの走りのような施設(ローカルネタの分かる方、セルシーのことですよ)にデイリークイーンが入って、そこの割引クーポンがうちにも配られたので、「ハンバーガー食べたい」とわめき続けていたのを知っている(そして辟易している)母親が、子供2人を連れていってくれたのだ。 で、結果は・・・がっかりだった。 理由は、あの中に入っているピクルスがどうにも口に合わなかったことだ。5,6歳の子供がピクルスを嫌ったって何の不思議もないし、何しろ妄想が先行しているわけで、その理想と現実のギャップに、俺は勝手に裏切られたわけだ。 で、その後少し経って、マクドナルドが大阪にもやってきた。今も営業している、阪神デパートの地下の店だ。母親はそこでビッグマックとポテトと飲み物を買って、姉と俺をつれて、屋上の遊園地のまで行き、そこのテーブルでマックを食べさせた。そう、当時「立ち食い」というのは斬新だったけど、旧世代の人間にはいささか受け入れがたいものだったのだ。 ハンバーガー幻想を打ち砕かれていた俺は、ビッグマックにそれほど期待はしてなかったと思う。むしろ、俺が食べたかったのは、当時はまだ一般的ではなく、一種の御馳走であった、フレンチフライのほうであった。で、ビッグマックを食べてみた感想。 おいしかった~。 そんなわけで、その後40年に渡って、ハンバーガーを食べることになったのは、あの時のビッグマックが美味しかったのが原因だと思う。ちょっと極端な言い方だけど、あれがなかったら、アメリカで14年も暮らせてなかったかもしれないね。 というわけで、これから自転車乗って、200円のビッグマック食べに行きます。 それにしても、あれってあのころ200円だったのか・・・。1971年の200円って、確かかなりの価値があったと思うぞ。まあ、これはマクドナルドというファーストフードが当時の最先端の「おしゃれの食べ物」だったことの反映だろうな。その意味では、ビッグマックは40年の間に実質的には値下がりしていると言ってよかろう。
さて、今日9月1日は俺の誕生日である。 毎年この日は、日記を書いて、その最後にこっそりと”Happy Birthday...to me"の一言を入れて告知みたいなことをしていたのだが、日記をまともに上げてないし、更新もたまにしかしない状況でそんな微妙なことしても、意味もないので、おおっぴらに独立記事にしてみたが、別に誕生日にはしゃいでいるというほどでもない。 そういえば、今までこんな話書いたこと無かったが、9月1日が誕生日であるというのは、日本と言う国では、いささか微妙なことである。ご想像いただけるかと思うが、この日は日本では何と言っても、夏休みが終わっての「始業式」がある日なのだ。 誕生日が大きなイベントである年代と言えば、小学生のころであろうかと思うが、その日は同時に、日本中の小学生が、夏休みの終わりという現実を受け入れるのに悪戦苦闘している日だったり、あるいは、前日まで夏休みの宿題に追い込まれていて、子供ながらにへろへろになって迎える日だったりするのである。小学生のころはさすがに、徹夜とかして寝不足に陥るなんてことまではしなかったが、それでもこの日に、ああ、夏休み終わっちまった~という思い気持ちで向かいつつ、「なんで、こんな日に、俺、誕生日やねん」と思いながら、学校へと歩いていった記憶はある。 でもまあ、いいこともあって、この日は始業式しかないので、10時ぐらいには学校から解放される。そうなると、今でもやっているのか知らんが、子供のいる家庭なら、子供の誕生日には近所の子供あつめて「お誕生日会」をやってくれていたのだが、そういう会に、昼前には集まれたのだ。でも考えてみれば、こういう会も、子供たちが塾通いに追われる日々となる前の時代の話だな~。 中学へ上がるころには、そういう会は無くなったが、ある意味、もっと悲惨だった。中学に入って、各教科の先生が違う人になると、夏休みの宿題は、9月1日が提出日とは限らなくなるので、9月1日が夏休みの宿題の追い込み日だったりしたのだ。以前、ブログ企画で夏休みの宿題がらみのお題が出た時に、夏休みの宿題の在り方をこっぴどく批判した覚えがあるのだが、もしかしたらそれは、誕生日を宿題に追われて過ごすという経験を何度かしてきたことへのトラウマも手伝っていたのかもしれない。ま、さっさと済ませなかった俺が悪いんだけどね。 そして、日本全体としては、9月1日はなんといっても「防災の日」である。俺が子供のころ、そして大人になってからもしばらくの間、日本史上最大の天災はなんといっても関東大震災であった。テレビのワイドショーなどでも、浮かれた話はしてなくて、厳かに日本の防災について考えるなんていう話ばかりだった。その辺のも自分の誕生日には浮かれないなんていう気分作りに貢献していたのかなあ。(これにはあと、3歳上の姉の誕生日が「天皇誕生日」、現在の「昭和の日」生まれであることも関係していたかも。なにしろ、その日は日本中めでたいめでたい言っているのだから、子供心にもそのギャップは感じられただろうなあ。) 来年からは、日本中で防災について考える日は、9月1日から3月11日へとシフトしていくのだろうし(ま、その前から阪神大震災の日へと移ってはいたのだが)、「防災」という概念自体が見直され「減災」などという概念も提唱されているようだが、こんな風に、天災について考える機会が人より多いかもしれないのは、9月1日に生まれた「宿命」のようなものなのかなあ。 あ、そういえば、先日亡くなった小松左京の「日本沈没」が大ブームになったころ、俺は異様に地震とかが怖かった覚えがある。地下鉄で電車を待っている時、常に、「今地震が起きたらどうしよう」とか本気で心配していたのだ。これもこの日が誕生日と関係ある・・・かな? あと、そういえば、俺が生年月日による占いなるものを全く信用しなくなったきっかけも、この9月1日という日だった。俺は、成長する過程で、全く誕生日が同じやつと2度同級生になっている。3人とも全く違った性格で、違った人生を歩んできていた。 ちょうどいい機会だったので、9月1日生まれということへのいささか屈折した思いのもとについてあれこれ考えてみたのだが、全体としては、こういう切りのいい日に生まれたというのは、気分のいいもので、親にそのことは感謝している。(当然親も意識してないので単なる偶然なのだが。)母親によると、1964年の9月1日は異常に暑かったそうだ。当時は分娩室でさえも冷房があるわけではなく、生まれてくるのを待つ母親が寝ていると、眼窩に汗が溜まって、「汗溜まり」が出来たというのをよく聞かされた。 ここ数年、日本に帰国してからは、9月1日は毎月1日がそうであるように「映画の日」である。これから、サイト検索して、何を見に行くか検討する予定だ。 うわ、くだらない話、だらだらしてしまったなあ。最後まで読んで下さった方がおられたら、どうもありがとう。
日本中を呆れかえらせている例の「セシウムさん」事件である。 ツイッターに書いたのだが、俺がこの事件の話を聞いて思い出したのが、その昔アメリカのレーガン大統領の時代、毎朝行っている大統領のラジオ放送のためのマイクテストの際に、レーガン大統領が「本日は晴天なり」的なことを言う代わりに、「これからソ連を核攻撃します」と言ったところ、それがそのままオンエアされてしまい、物議をかもしだしたという話である。 その後、もうひとつ思い出した事件と、それに対するある人の論評があった。もう20年近く前のことだが、神戸のとある高校(中学?)で、朝の遅刻の取り締まりをしていた生活指導の先生が、登校時間の終わりと同時に、鉄のスライド式門を勢いよく閉めてはぎりぎりの飛びこもうとする生徒を締め出すということを繰り返した結果、ある日、そういう生徒の1人を門と門柱の間に挟んでしまい、生徒が圧死したいう事件だ。 この事件の報道で「何故こんなことが・・・」的な「まじめな」論評が相次いでいたなか、あるテレビの討論番組で、作家で故人の中島らもは、「この事件は5歳の子供が3歳の子供を池に突き落として死なせた、みたいな感じがする。」と評していた。もうかなり昔の番組でしかも完全に俺の記憶に頼っているので、間違いがあればご容赦願いたいが、彼の発言を俺なりに解釈したものが、「こういう大きな事件になってしまうと、みんないろんな社会構造の問題など、いろんな方面に拡げて『きちんと』論じようとするが、こういう事件が起きるのは、いい大人がガキ並みの判断力で、ガキっぽい行動に出たことで起きているのだから、そういうアプローチをしないと、解決方法も見えてこないのでは」ということだろうと思う。 本当に困ったことだが、人間、特に男は、こういう子供じみた危なっかしいことを、大人になってもやめられない。子供が池に友達を突き落とす「ふりをする」とか、暴走族(死語?)がハコ乗りしたり、という一歩間違えれば大惨事になるようなことを、そうなることは頭の隅で知識としては分かっていながら、現実感をもたないままに面白がって繰り返し、そのうちどこかで本当に事件になってしまう。 このニュースによれば、今回問題となったテロップを作ったのは、50代の関連会社社員とのこと。こういうガキっぽい行動に年齢は関係ないということだろう。 さて、ここからが大事なのだが、このように大騒ぎになったおかげで、そのテロップが流れた番組は現在休止中で、制作者の東海テレビは、事件の検証番組を作って放送するらしい。そこまで問題が広がると、かなりの人数の人が、処罰を受けたり、ひどい場合には職を失うということになりそうな予感がする。 でも、この問題、そこまでの「粛清」が必要だろうか?さらにいうなら、「粛清」したら無くなるというような問題だろうか? 俺から見て、この事件は、同じ原発関連でも、九州電力の「やらせ依頼」のように、組織の構造上の問題が絡んでいるものとは全然違う。だから、大真面目に取り上げて検証しても解決しないし、沢山の人間をくびししたり、あるいは件の番組をこのまま終了させ(かなりありそうだ)ても解決しない。おまけに幸いにもこの事件で死んだ人はいないし、この事件自体が大きく報道されたおかげで、岩手県産のコメに対する風評被害が広がることもあるまい。 必要なのは、いい年こいての「ガキの悪戯へのお仕置き」はどれぐらいが適当か、という視点であって、多くの人の職を奪ったり、みそぎ的な検証番組を放送して、「襟を正しました」みたいにアピールすることではないのだ。 岩手県の米農家の方においては、本当にとばっちりを受けて気の毒なことである。でも、だからといって、厳しい処罰を、東海テレビが受ければ溜飲が下がるというようなものでもあるまい。ここはひとつ「ガキっぽい連中」に対して、「大人な」態度を取ってくださると、不幸な目に合う人々を無駄に増やさずに済むと思うのだが。 とまあ、こういうことをこのような個人ブログで書いても、ただの遠吠えにしかならないことは分かっているが、「大粛清」がまだ起きる前ではあるようなので、このタイミングで言ってみた。 ***** おまけ:この記事書くのに検索していたら、ニコニコ動画にその番組の問題の場面がアップされていた。それにしても、いまや、どんな番組でも誰かが録画していて、アップされるんだね~。
俳優のピーターフォークが亡くなった。 フォークと言えば、言わずと知れた、「コロンボ」である。俺の記憶では、自分がミステリ小説を読み始めた最初のきっかけが「コロンボ」のノベライゼーションだったし(それ以前に友人に勧められて本格推理を読んだが、あの固い文体が性に合わなかった)、小学校高学年のころ、こういうキャラになりたいと思っていた代表がコロンボであった。あの、見てくれはしょぼいが、実は中身はキレキレで、それをおくびにも出さず、傲慢な連中を追い詰めていく、あのかっこよさに憧れたものだ。 で、コロンボといえば、大好物の「チリ」である。小説や映画で、何かの料理が効果的に使われていると、それを食べたくなるのは、俺だけではないと思うが、1970年代の半ば、「チリ」ったって、それが何の料理なのかも、よくわからんし、(ちらって映るだけだし、あのころはビデオの録画して見直すなんてことも出来なかった)子供じゃ食べてみたいと言っても、自分で出かけていって探すわけにもいかない。そんなわけで、「チリ」を食す機会はついになかった。 その後アメリカに住むようになって、ちょくちょく「ウェンディーズ」にいったり、アメリカじゃ一般的にお目にかかるメキシコ料理店で「チリビーンズ」を食べて、ああ、これがあのチリか、と思っていたのだが、今回のニュースのおかげでいろんなところの書き込みがあって、そのうち、漫画家の吉田戦車氏のツイッターから、「チリビーンズ」ではなくて、「チリコンカーン」であることがわかった。 へぇ~、そうだったのか~。そりゃ、ぜひチリコンカーンを食べなくては。 とはいっても、メキシコ料理の、あの系統の料理の一種なので、だいたいの味の想像はつくのだが、やっぱりそのものを食べてみたいしね。 そこで検索してみたが、意外とメイン料理として出しているところは少なそうだ。あっても、バーのような飲み中心の店が多くて、俺のように、酒を飲まず、ただひたすら食いたい人間には入りづらそうな店ばかりだ。チリを食べてフォーク、そして、日本でのコロンボ人気を決定的にした功労者である、声優の小池朝雄氏をしのぶには、何日かかかりそうだ。 ちょっと話は飛ぶが、俺にとって、テレビで見たが、実際に食べることは出来ずに、妄想を膨らませた料理の代表のもう一つが、「ポパイ」の「ハンバーガー」であった。あちらのほうは、今やすっかり、日本人の食生活の一部となっているが、メキシコ料理はそこまでは、普及しなかったんだなあ。 それにしても、吉田戦車の、俺たちの世代の子供時代の記憶のかけらを呼び起こす力には恐れ入る。いまやあちこちで食べられる「まんが肉」を、「あの肉」の名のもとに広めたのも吉田氏だもんね。 ピーター・フォーク氏のご冥福をお祈りします。合掌。
白せば:「え~、世界中にごくわずかながらおられる、このブログを見捨てずに覗いてくださっている皆さん、こんばんは。」 ギズモ:「今年もめでたく【肉ぅ】記念日を迎えることが出来ました!」 一同:「いぇ~~~い!!!」パチパチパチ! 助手せば:「というわけで、僕らはここ、ステーキハウス『ケネディ』にて、美味しく【肉ぅ】をいただいております。」 白せば:「まあ、この日に限らず、相変わらず僕らは愛♡【肉ぅ】なわけですが、ここ1、2年程の間に、ちょっとばかり変化が起きてきました。それは・・・。」 黒せば:「うぅ・・・、もはや大量の【肉ぅ】は、俺たちにゃ食えねぇ・・・。」 助手:「これが2、3年前だったら、【肉ぅ】記念日は、焼肉食べ放題!とか探してたんですけどね。もうそれよりも、量は少なくてもいいから、ちょっと美味しいもの食べたいな、とか思うんですよね。」 ギズモ:「そのわりに、みなさん、『国産牛サーロイン250g』とか食べてません?180gのもあるのに・・・。」 黒:「ま、これがあと2、3年もすれば、サーロインはもういいから、フィレにしよ、とか言い出すんだろうなあ、せばも。だから、今のうちにサーロインとか食べまくっとこうや。」 ギズモ:「で、さっきから『ケネディ』のHPにリンクばかり張ってますけど、写真はないんですか?」 黒:「せばがな、カメラのバッテリーが切れてたのに、気付かなくて、写真が取れなかったんだよ、今年は。」 白:「帰ったら、反省文書いてもらわないとね、せばには。」 助手:「で、肝心の総裁ですけど、お元気なようで何よりですね。最近も「まるもりダンス」を披露なさってるみたいだし。」 黒:「まるもりと言えばさ、俺たちはあの番組見てないんだけど、漏れ聞こえてくるところからすると、あの設定、俺たちの世代には「パパと呼ばないで」を彷彿させるよな。」 白:「子役の女の子の可愛さが、主役よりも評判になって、大ブレイクってあたりもいっしょだね。」 助手:「ちょっと待ってください。ということは、芦田愛菜ちゃんは、40年後には今の杉田かおるさんみたいに?」 一同:「・・・・・」 黒:「そういえばさ、杉田かおるがあの後、俺らが高校1年の時に、前の年の『金八先生』のおかげでアイドル的に人気が出た時に、クラスで大ファンだったやつが結構いたじゃん。あいつら、いまの杉田かおるを見て、何を思っているんだろうな。」 助手:「愛菜ちゃん、そんなわけで、立派な大人になってくださいね~。今のあなたに入れ込んでいる、おにーさん、おねーさん、おじさん、おばさんのためにも。」 白:「とまあ、落ちらしきものもついたところで、毎年恒例の一言いってみようか。僕たちからの心からのメッセージ。いくよっ。いっせ~の~せっ!!」 一同:「「「「「らふぃさん、お誕生日おめでとう!!」」」」」
アルク社と言う、英語の教育関連の出版社があって、そこが、「字幕翻訳コンテスト」というのをやっていたので、応募してみた。 俺は、本の翻訳は経験あるものの、字幕と言うのは、全くの未経験で、かなり興味本位でやってみたのだが、結構面白かった。まあ、結果もそれにふさわしいもので、箸にも棒にもひっかからなかったようだ。 そのこと自体は、当然とも言えるのだが、それでも、結果発表と同時にポストされた、「模範解答とポイント解説」を自分の解答と比べながら、見て行くと、俺の中に確実に住んでいると思われる「負けず嫌いの虫」がざわざわと大行進を始めてしまう。 「あんた、ここで言っとることと、ここで言っとることが違っとるやん」 「なんで、この情報がそんなに大事で、こっちが大事じゃないの?」 「なんで、ここは意訳は駄目で、ここはこんなに意訳していいの?」 とか、いうようないう不満の思いがふつふつとわきあがってくるのだ。 とは言っても、まさか、俺のほうが受賞者の作品よりいいなんていう、アホなことを捨て台詞代わりに言うつもりはない。指摘されているポイントには、なるほどと納得するものもあったし、模範解答を見て、ああ、そうすればよかったのね、と思った部分も多々あった。 字幕翻訳というのは、字数制限など、いろいろな制約があって、おそらくや、どんな一流の人がやったものでも完璧に全ての条件をクリアするのは難しいはずだ。だから、それらの中である種の「妥協点」を見出して、完成させているに違いない。そして、どの条件をどう妥協させるかという問題には、ある種の好みのようなものがあるに違いない。 だから、そういうもので、模範解答やポイント解説にどういう態度で接すれば、うまく学びとれるかというのには、ちょっと難しいものがあるのではと思う。 負けず嫌いの虫に頭を征服されてしまい、相手の言葉にいちいち反発して、「この審査員糞!」と捨て台詞を吐いて終わらせていては、何も進歩しない。でも一方で、自分のいままでの考えを全否定して、人の言う通りにやろうとする態度が、何かを学ぶ上で正しいとも思えない。 自分のエゴを適切にコントロールしつつ、他人の意見に耳を傾け、そこから何かを学び取るための正しい態度ってどういうものなのか、この年になっても、よくわからないなあ。 そういえば、中国かどこかのエラい人が言ったっけ。「四十にして惑わず」。 もう40代も半ばを過ぎたのに、戸惑ってばかりだぞ、俺。 それはそうとして、今回応募して、ついでに、字幕翻訳に関する雑誌とか本とか読んでみて思ったのだが、これって、やりたがっている人多いんだね~。そのための学校とかあるんだよ。(もちろん、それを主催しているのもアルク社であるが。)
まずは全く関係のない、AKB総選挙の話。 どうもえらい社会現象にまでなっているようで、若いころからアイドルとかへの関心はかなり薄めの俺までも、普段は見ない「なるほど!ハイスクール」をつけながら、開票速報に目をやりつつ、仕事をしている。 で、その日の特集がたまたま「筆跡診断」であった。そこで、最初のネタフリのVTRで例のチリの落盤事故を取り上げて、彼らからきた「我々は全員元気だ」というメモの筆跡から、彼らの精神状態が安定しているということを診断したというエピソードを紹介していた。それを見て、なるほどなあ、筆跡から書き手の精神状態とか、ある程度わかるんだ、これって結構使えるのかも、と俺は思った。 だが、その後、日本人の筆跡診断の先生とやらが出てきて、AKB48のメンバーの筆跡の鑑定をやっているのをみて、ちょっと失望させられた。彼が言っていたのは、 「様」のへんとつくりをあけるのはがんこでない証拠 「はがきを書く時に、改行が多いのは切り替えが早い。したがって、恋愛対象の切り替えも早くて浮気っぽい。」 というような、話だったからだ。 なんで、こんなことが言えるの? そもそも、「がんこ」っていう性格の定義自体がとっても難しい。それに加えて、それがどうして、へんとつくりの間隔の取り方に現れてくるのかという根拠が全くわからん。それに、改行が多さって、字配りの問題で、そこから、「浮気っぽさ」に結論付けるのは、「風が吹けば桶屋が儲かる」並みの論理の飛躍じゃないの? 俺が言いたいのはこういうこと。筆跡診断っていうのは、潜在的な可能性はかなりあると思う。だから、心理学上の根源問題である「性格って何?」という当たりもしっかりと念頭に置いて進めていけば、成果は上がるのではないかと思う。それなのに、現状日本では、筆跡診断がうさんくさい占いとほぼ同列に取り扱われてしまっているようだ。これはもったいないのでは? とりあえずは、「性格」っていうとんでもない大問題に直接アタックするよりかは、チリの落盤事故みたいに、「心理状態」みたいなほうに焦点を合わせたほうがいいと思うのだけれど。
今「サンデージャポン」を見ていて、モノマネタレントのコロッケが、被災地の避難所を訪れて、ショウをやって感謝されるという話をやっていたのだが、そこで印象的だったのが、(多分)最後に客も加わって全員で「上を向いて歩こう」を合唱するという場面で、歌いながら、客の被災者の人たちが涙を流したり、終わった後のインタビューで、なんだかほっとした、というような感想を述べていたところであった。 これを見ながら、ふと思い出したのが、子供のころ親に聞かされた、「りんごの唄」の話である。戦後間もないころに大ヒットした歌で、敗戦で心まで荒んだ日本人に癒しを与えたのだというようなことを聞かされた覚えがある。(くわしくはウィキペディアの「リンゴの唄」の項をお読みいただきたい。) こんな話、何十年もの間、俺の記憶のどこかに隠れていたのだが、ニュースを見て、記憶の表に飛び出してきたのだ。 そうか、芸能人の人たちのああいう活動は、現代版の「リンゴの唄」だったんだなあ。笑ったり歌ったりすることさえ忘れて人たちが、それを思い出すことで、気持ちが穏やかになって、明日への活力につながる。そんな終戦直後の悲惨な状況のもとで起きた現象を、現代の日本で見ることになるとはなあ。 コロッケ氏や、その他同様の活動を行っている人たちには、頑張って欲しいものだ。
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