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"Everything in Life is Only for Now." これはB'wayのヒット作“Avenue Q”の最後の台詞です。 人生いいときも悪いときも決していつまでも続くわけじゃないんだから、投げず、腐らずその時々をなんとかやっていこうや。 この作品の根底をなすこのメッセージ、このブログのタイトルにしました。 ![]() ![]() ![]() ありがとう、エキブロ新聞 ![]() ![]() 最新のコメント
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え~、ミュージカルがメインでここをのぞいてくださっている皆さん、わかってます。今、私がここでやらなきゃなんないのは、Londonでの観劇記をあげることです。でもね、我が畏友Emilyさんところで、面白い話を聞いてしまったんですよ。 まずは、この記事を読んで、更に、この記事をお読みください。 Lapine & Sondheimの"Into the Woods"に関して、Emilyさんが問いかけておられるのは2つ。 A)この作品で作者たち(Sondheim&Lapine)は、(1)No One Is Aloneと(2)Children Will Listenのどちらの曲の内容の方をより伝えたかったのでしょう B)最後のシンデレラの台詞"I wish..."には一体どんな思いが込められているのだろう この作品の台本、私はアメリカに置いてきてしまったので、台本全体を読み直して答える事はできません。そこで、とりあえず、手元にある歌詞の部分と、私自身の観劇の記憶に頼って書いて見ます。 A)“No One Is Alone”と“Children Will Listen”の関係 まず、結論からいいますと、どちらの内容をより伝えたかったかというのは、あまり妥当な設問とは言えないと思います。というのも、この2つの曲は伝えようとするメッセージは基本的に同じであって、ただ、伝えようとする対象が、「親」のサイドであるか、「子供」のサイドであるかの違いであると思われるからです。ただ、あえていうならば、観客の多くが大人であるために、親のサイドに向けてのメッセージ性が強い、“Children Will Listen”のほうがより前面にでているといえるかもしれません。 この作品での作者の立場は、おとぎ話が伝えようとする考え、すなわち、希望を持って生きなさい、そうすれば希望は必ずかないます、というものに対して、疑問を呈し、この混沌とした世界でそうしたナイーブなまでに独善的な考え方を子供たちに伝えていいものか、ということだと思います。そうした、ネガティブな側面から物語全体が進んでいく中で、「では、我々親は子供たちに一体何を教えればいいんだろう?」という疑問が観客の間に上がってもそれは自然な事で、それに対する回答らしきものが“Now One Is Alone”だと思います。以下、このナンバーから引用します。(ここで引用される歌詞はすべてLyrics and Music by Stephen Sondheim) Cinderella: Mother cannot guide you. Now you're on your own. Only me beside you. Still, you're not alone. No one is alone. Truly. No one is alone. Sometimes people leave you Halfway through the wood. Others may deceive you. You decide what's good. You decide alone. But no one is alone. LRRH(Little Red Riding Hood): I wish.. Cinderella: I know. この出だしの部分で、シンデレラは赤頭巾に向かって、「親はいつまでも子供を庇護してやるわけには行かない、世間は怖い所でだましたりする人もいるけど、子供たちはいつか自分で自分のことをすべて決めなくてはならない」ということを語り掛けます。ここでは赤頭巾=子供、シンデレラ=(大人の)友人として捉えていいと思います。その上で、「自分の事は自分で判断しなくてはならないけど、でも友である私はそばにいるよ」という続けます。ただ、この「あなたはひとりではない、私がそばにいるから」というのは決してシンデレラの強い決意表明とはいえないことが、その次のやり取りである、 赤頭巾:「そう願いたいわね」 シンデレラ:「わかってるわ」 に出ていますね。ようするに、2人ともいつまでもいっしょに居られるという保障なんかないことをわかっているわけです。 また、この曲の素晴らしいところは“No One Is Alone”というフレーズを前半での「あなたは1人ではない、私という友がいるから」という意味以外の物に展開させているところなんですね。最後の部分、引用させてください。 Someone is on your side. Jack, LRRH: OUR side. Baker, Cinderella: Our side— Someone else is not. While we're seeing our side-- Jack, LRRH: Our side.. Baker, Cinderella: Our side-- All: Maybe we forgot: they are not alone. No one is alone. ここで歌われているのは、「あなたがひとりではないように、『彼ら』もひとりではないことを忘れてはならない」ということ。ここでいう「彼ら」は巨人のことで間違いないでしょうから、この最後の部分は作品全体のトーンである、望みをもって生きよとただ伝えるのは独善的である。他人もまた、望みを持って生きている事を気に留めて置くべきだというようなことがこの部分で語られているのだと思います。 で、もうひとつのナンバーの“Children Will Listen”はその作品全体のメッセージが集約されている曲ですから、特に細かく引用して分析はしませんけど、“No One is Alone”と同じ方向のメッセージが入れ込まれていると思っていいでしょう。 で、先ほど少し述べたみたいに、この作品は基本的に大人が観るために作ってますから、“Children Will Listen”のほうがどちらかというとメインなのではないでしょうか。 B)最後の“I wish”をどういう意味としてとるか。 これはいいポイントですよね。さすがは作品を読み込むEmilyさんだと思いました。ミュージカルに限らず、演劇では、ある台詞から始まり、同じ台詞で終わるというパターンは珍しくないですし、同じ台詞でありながら、最初と最後ではその台詞の意味が変っていると言うのも具体的には上げられませんけど、ひとつやふたつじゃないでしょう。この“I wish”もそのひとつだと思います。最初の“I wish”についてはシンデレラが舞踏会にいきたがっているというストレートな意味にとって問題ないと思います。で、最後の“I wish”を理解するためには、“Finale”最後の部分を吟味する必要があるでしょう。引用して見ます。 Company: (in three groups: round) Though it's fearful, Though it's deep, though it's dark And though you may lose the path, Though you may encounter wolves, You can't just act, You have to listen. you can't just act, You have to think. Though it's dark, There are always wolves, There are always spells, There are always beans, Or a giant dwells there. (unison) So into the woods you go again, You have to every now and then. Into the woods, no telling when, Be ready for the journey. Into the woods, but not too fast or what you wish, you lose at last. Into the woods, but mind the past. Into the woods, but mind the future. Into the woods, but not to stray, Or tempt the wolf, or steal from the giant— ちょっと長くなりましたけど、ここで歌われているのは、「どんなに恐ろしいところでも、結局、人は森の中に出て行かなくてはならないのだから、しっかり心の用意をしておけ」ということですよね。で、ここでいう「森」が「世界」のメタファーなのは明らかだとおもいますから、ここでその前の“Children Will Listen”での「子供たちはあなた達の言うことを聞いている(だから何を教えればいいのだろう)」という問いかけへの答えが提示されているわけです。で、その最後に Into the woods, Into the woods, Into the woods, Then out of the woods-- And happy ever after! Cinderella: I wish... と締めくくられます。この最後から2行目の“Happy ever after”というのはおとぎ話の決まり文句で、“And the prince and the princess lived happily ever after.”(その後王子様とお姫様は末永く幸せに過ごしましたとさ。)と言う風に使われます。でも、この作品で語られているのは、そんなに世の中おとぎ話で語られているみたいに予定調和的にはうまくいかないよ、ってな話ですから、「幸せに暮らしましたとさ」で終わるわけにはいかないでしょう。そこで、シンデレラの“I wish”という言葉が入るわけですけど、これをどういう意味に捉えるかというと、、 1)シンデレラはやはり、人生はおとぎ話のようであって欲しいと願っていて、その意味で「お願い」と言っている。 2)この台詞はシンデレラ自身のものと言うより、作者の代弁として行なわれており、「(幸せに暮らしましたとさ)と言えたら素敵ですよね。(でも、そうなるとは限らないのはこの作品を観てくださっていたらお分かりかと思いますが)」というような意味で使われている。 の2つについて考えてみます。 1)だと、これはどうも作品全体を最後のひとことで否定する事になってしまいそうですね。だから、ここはやはり、2)ということになるのではないでしょうか。ですから、最後の部分を(音韻を無視して)意味だけで訳すなら 森の中に行き、 そして森の中から出てきて、 幸せに過ごしましたとさ。 シンデレラ:となったらいいなあ。 てな感じになるでしょうか。 Emilyさんは、直接的にではないですけど、このお話を、Lapineの脚本をわりあい(よかれあしかれ)自由に解釈する傾向がある宮本亜門の批判というコンテキストで語っておられるように思います。宮本版、あるいは某アマチュア劇団による「私家版」に関する話を聞くかぎりでは、どうもそれらのプロダクションは、「誰が正しくて誰が間違っているか」というメッセージをそのまま受け取ってしまっている、つまり前半で私が語った「子供の視点」からこの作品を観ているように思えます。それはそれで間違っているとは思いませんが、それだと“Children Will Listen”で語られる重要なテーマ「子供たちに何を伝えたらいいのか」が消え去ってしまいます。ここはやはりEmilyさんが大事なフレーズとして上げておられる。 Careful the wish you make, Wishes are children (望みごとを託すのは慎重になさい、希望とは子供たちのことなのだから) のフレーズを中心に解釈して行った方がストレートだと思います。
タイトル : into the woods
ソンドハイムって誰だか全然知らずに聴かせてもらったこのクレオ・レーンのCD。これが完全にツボにはまってしまいまして。「Losing my mind」 や「 Send in the clowns 」「No one is alone」といった曲たちが大好きになりました。廃盤とのことであきらめていましたが「東京で見つけたから」と頂戴して狂喜乱舞(笑。宝物の1枚となりました。ソンドハイムのメロディは、どこかほろ苦く切なくあたたかい。ゆっくり淹れたおいしいコーヒー飲んでるみたいに落ち着きます。 長年これだ......more sabretoothさん、ご無沙汰しております。 更新をサボりがちな私のブログから、ここまで話を進めてくださって、ありがとうございました。 どうも、物事を筋道立てて考えるのが苦手で、割とフィーリングで文章を書いてしまう人間なので、こうして具体的に歌詞を提示して説明していただけると助かります。 ミュージカルは楽しけりゃそれでいいじゃん!という考えもありますが、楽しみと同時にちょっぴり考えさせられる方が私は好きなのです。。。 さて、Sweeneyはどうなることやら、、、 Londonレポートも楽しみにしてます♪ Emily さんの所から辿り着きました(笑)。二つの曲への解釈、興味深く拝見させて頂き…で、調子にのって私も一言?お許し下さいませ(笑)。 私は作者がこの作品の中で観客に伝えたかったものは、Children♪だと思います。 OBCでは、終幕で魔女役の女優さんがこの曲を歌い始め、他の役者さんもそれにならって役を離れ(私にはそう見えました)舞台前で一列になり、観客に向って歌いかけます。難しい事はよく分かりませんが、単純な私はその見せ方に(演出に)「おお!これが作者の言いたい事か!!」と受け取りました。(笑) 次にNo One♪ですが、歌われる状況からみて「大人の考え方の歌」だなと思いました。 OBCではこの曲を4人に歌いきらせない形で処理しています。私には作者が、この曲に対して否定的、つまり「大人の考え方の歌=子供には聞かせてはならない考え方の歌」だよ〜と受け取りました。(笑) あ、一言のつもり?が長くなりまして申し訳ありませんでした。 ではでは♪ これって物語全体が「殺されてしまった夫の復讐に来た未亡人を返り討ちにする話」ですよね。判官びいきの日本人なら未亡人に感情移入すべき? 筋書き全体でテロリストの居直り(といって悪ければ某国大統領の居直り)みたいなものを感じたので見終わった時凄く気持ち悪くなりました。 この作品に関して言えば歌詞は枝葉末節のような気がします。 横レスですみません、 >くろせさん、話の流れとしてはそういうことになりますが、それは結果であって、作品の焦点ではないと思います。自分がした選択にはそれぞれconsequenceがつきものだ、だから You can't just act, You have to listen. you can't just act, You have to think. ってメッセージが生きてくるのではないかしら? 私としてはInto the Woodsというこの「森の中」は人として成長する時に誰しも足を踏み入れる混沌(歌詞で言うとJourneyのところね)としたところ、という気がします。 Be ready for the journey. Into the woods, but not too fast or what you wish, you lose at last. Into the woods, but mind the past. Into the woods, but mind the future. だから過去や未来をしっかり考えながら通っていって、抜け出ることができたらいいね、って言っているような気がします。もちろん私は亜門版をみていないから、演出の仕方でテロリストの居直りって感じに見えるのかもしれませんね。 Emilyさん、 こちらこそ、ありがとうございます。この作品は私も大好きなので、こうして語る機会をいただけて嬉しいです。特に"Children Will Listen"は、子供が生まれた友人にこの曲をプレゼントしたりしているぐらい、好きな歌です。(残念ながら、この歌詞の深さは友人には伝わってませんでしたが。) できれば、この作品のこと、もうすこし語って観たいですね。(え?Londonの観劇記は?) ありすさん、 はじめまして、ようこそ。 初演は幸いにもDVDが発売されているので私も何回かきました。"Chirldren"は、この作品の意味を集約しているということで、間違いないでしょうね。おっしゃる通り、全員が並んで、観客にむかってうたっているという演出からも、作者から観客へのメッセージという意図が伝わってきます。 "Alone"に関しては私は、本分に書いた通り、大人から子供へのメッセージ、すなわち「親はいつまでも子供のそばにはいてやれない」という内容だと思っています。 くろせさん、 確かに、復讐にきた未亡人をかえりうちにする(というかせざるを得ない)というプロットは大事な一部ですけど、全体ではないと思います。1幕で登場人物達が、自分の欲望の赴くままに何かを望み、それをその通りに得てしまっておめでたしめでたしで終わる。でもそこには、巨人にだって家族がいたのではないかなんていう視点はまるで出てこない。それを2幕で持ち出すことで、そうしたおとぎ話の独善性を暴いているのですね。くろせさんがそうした独善性を目の当たりにして気持ちが悪くなられたのだとしたら、作者も本望なのではと思います。 ただ、主人公の「居直り」かというとそこまでは思いません。パン屋が、巨人を殺す前に誰が正しくて誰が間違っているのかという問題に直面して、それに対する答えを出せずに悩む"No More"のナンバーからは、どうも「居直り」とまではいいきれない葛藤が感じられるのですが。 quastさん、
わたしも亜門版は、観てないのですけど、某劇団の演出家氏の話を読んだりする限りでは、亜門氏、やその演出家氏は"Into the Woods"を現代社会の反映というような解釈で演出しているようですね。もし、そうだとしたら、そういうのもありかも知れませんけど、なんか、脚本をあまりに恣意的に読み取って入るような気がするのですけど。 亜門氏がもし"Into the Woods Jr."を演出したりしたら、果たしてどうなることやら。
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