俺がアメリカに住んでいた時に、ヒットしたテレビドラマに“Ally McBeal"(確か日本での放映タイトルは「アリー・マイ・ラブ♡」とかだったと思う)がある。初期のころはとっても面白くて、毎回見ていたが、日本に帰国してからは、ああいうキャラクターの女性が出るドラマとか映画に出会わなかったので、頭の中から抜け落ちていたのだが、「恋とニュースのつくり方」を見て、ああ、アリー・マクビールみたいなキャラって、アメリカではずっと生き続けていたのね、と思いだすことになった。
この映画は要するに、「恋も仕事もどちらもうまく両立させたい女」のラブコメで、主人公のベッキーは、28歳にして、ネットワークTV(日本で言うキー局)のモーニングショウのエグゼクティブ・プロデューサー(番組の総責任者)になるのだが、そのネットワークはランク最下位で、悪戦苦闘しつつ、すてきな王子様にも出会って、両方なんとかしたい、というお話。
「アリー」が90年代の半ばに、アメリカで圧倒的な支持を受けたのは、「女子力全開させつつ、仕事でも成功することを望んでどこが悪いの?」という価値観を突き付けたことに理由があると思う。つまり、「女子力」と「仕事への態度」が反比例するとは限らない、ということですな。アリーの場合だと、膝上丈のスカートはいて、法廷で弁護士として熱弁をふるってもいいじゃないか、綺麗な足を見せたがるからといって、それは弁護士として認められなくてもいいということにはならないわけだ。
「アリー」は日本でもそこそこにヒットしたとは聞いているが、でも、どちらかというと、「セックス・アンド・ザ・シティ」のキャラのように、「女子力と仕事の能力は反比例」の匂いを残したもののほうが受け入れられたのではなかろうか。
それって何故なんだろ?面白くも有るし、男である俺が、突き詰めて考えていくと、淑女の皆様方に白い目でみられそうな怖いトピックでもある。