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"Everything in Life is Only for Now."
これはB'wayのヒット作“Avenue Q”の最後の台詞です。 人生いいときも悪いときも決していつまでも続くわけじゃないんだから、投げず、腐らずその時々をなんとかやっていこうや。 この作品の根底をなすこのメッセージ、このブログのタイトルにしました。 ありがとう、エキブロ新聞 フォロー中のブログ
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私がよくお邪魔している、ネット上の短編小説の創作コミュニティー(私は読むだけなんですが)で最近こんな面白い実験的な企画がありました。それはこんなものです。ある人が、短編小説のプロットを作って文章にする。そしてそれを機械翻訳に掛けて英語に直す。さらにその文章を機械翻訳で日本語に戻す。そうして出来たプロットをネット上で発表する。最後にそれを読んだ誰か別の人がその「プロット」を元に短編小説を書く。そういう企画です。 この企画の肝は、この日本語→英語→日本語の往復翻訳にあります。機械翻訳を使ったことのある人なら、この往復で出来た文が元の文と似ても似つかないような奇妙奇天烈なものになっているのが想像いただけるでしょう。なぜこんなことが起きるかというと、日本語と英語は1対1対応しないので、それを機械的に翻訳すると、日本語から英語になる過程で微妙なずれが生じます。そしてさらにそれを日本語に戻す過程でそのずれが増幅され、元の文章とは違ったものになるのですね。これを防ぐには、元の文章の意味が分かった人が、注意を払いながら行わなくてはならないのですが、それでも限界があります。なぜなら、言語の意味というのはその文化的・社会的背景と密接に結びついているので、日本語の文に存在するある意味が、英語の中に存在しない場合も多いからです。 このトピにいらっしゃるようなミュージカルファンなら、こうした翻訳に伴うジレンマはお分かりいただけるでしょう。日本のミュージカルファンは、「翻訳ミュージカル」というものに対する賛否両論にずっとさらされてきつづけたのですから。英語のミュージカルというものは、それらが作られた国(もっぱらアメリカ)の文化的な背景と密接につながっているため、それを日本語に翻訳する過程でどうしても「何か」が失われてしまいます。翻訳されることによって、日本人でも上演できる、また来日公演で使われるような字幕を読みながら舞台を観るという煩わしさが無いという意味で、翻訳にはいろんなメリットもあるのですが、翻訳ミュージカルに批判的な人たちは、その失われた「何か」がミュージカル作品の肝であるように考えているようです。 でも、まれにですが、例外もあります。“Pacific Overtures”、邦題を「太平洋序曲」というこの作品は、翻訳上演される過程で、作者達がオリジナルのプロダクションに求めて得られなかったものが新たに付け加わったのです。それは「日本人による視点」です。 この作品は1976年に、WeidmanとSondheimによって、アメリカの建国200周年記念への参加作品として初演されました。作品の内容はというと、日本人ならだれでも歴史のクラスで習う、ペリーの黒船来航と日本の開国の話。この「砲艦外交」と呼ばれた、アメリカの力によるごり押し外交のエピソードを、建国記念の作品として上演するという作者達(監督のHarold Princeも製作チームに加えるべきでしょう)の勇気にまず驚かされます。この辺がアメリカの芸術家達の懐の深さであるなあと感じたのは私だけではないでしょう。そして、作者達はその歴史のエピソードを日本人の視点から描こうとしたのです。そのために、ミュージカルに歌舞伎の形式を取り込むなどの野心的な試みを行いました。でも、その試みが成功だったかどうかは疑問なようで、この初演、批評的にも興行的にも振るいませんでした。 この“Pacific Overtures”、初演から日本での上演まで実に25年もの時間を必要とします。理由はいろいろあるでしょうが、その話をしだすとそれだけで、本が一冊かけそうなので、ここでは触れません。ともあれ、2000年にその日本初演の監督の任を引き受けたのが、Sondheimを敬愛してやまない演出家、宮本亜門でした。そして彼の演出は、結果的にそれを見た作者のWeidmanとSondheimから絶賛され、実質的に“Pacific Overtures”の決定版となるのです。 宮本が日本版を演出するにあたって成し遂げたことはいくつかあるのですが、そのひとつが、上に述べた「日本人の視点」を明確に出すことでした。それがもっとも端的に現れていたのが、黒船とそれに乗って現れたアメリカ人達の表現です。B’wayでの初演では黒船は実際にそれを模した巨大なセットが作られたのですが、日本版(セットは松井るみによる)ではそれは天井一杯に広がった星条旗という形で表現されたのです。星条旗をアメリカという国のもつ国力と威圧感の象徴と捉えるのは、アメリカ人には理解できても、それを実際にやってみようとは思いにくいでしょう。なにしろ、あの旗はアメリカ人にとって国の象徴と誇りという意味合いが余りにも強いのだから。また、アメリカ人の顔として、当時の戯画をもとに、怪物のような形相のマスクにして、ペリー提督は2メートル以上の巨人の着ぐるみで表現したのです(衣装はワダエミ、ただし今回の英語版ではコシノジュンコが同じコンセプトの元に衣装を担当)。これも「日本人の視点」を見事に具現しています。こうした、宮本を中心とした日本の製作チームの努力は、作者達に評価され、上で述べたように2002年の夏のアメリカでの公演につながります。日本語によるこの公演は批評家にも好意を持って迎え入れられました。でも、それではその日本語版をNYでオープンエンド公演しよう!とはならないのがアメリカなんですね。字幕入りのミュージカルを$100出して見る人はそう多くないのです。しかし、Roundabout Theatreは宮本を招聘して、英語版での公演を行う事を決めました。かくして、“Pacific Overtures”は日本を旅して、新たに作品として「太平洋序曲」として蘇り、こんどは再び“Pacific Overtures”へと「再翻訳」されることになったのです。
by sabretoothjapan
| 2004-12-20 00:01
| 観劇記録
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